酔月02 / 酔月03
- 2016/01/19
- 17:54

「酔月02 ・ 酔月03」

「酔月02」
全長 465mm
重量 715g

ブレイド長 290mm
刃渡り 285mm
再大厚 7mm

ブレイド鋼材 ダマスカス(炭素鋼・低合金鋼 53507層) #12090301B
エッジ鋼材 青紙スーパー

ハンドル素材 セン・綿・麻・樹脂・銀・真鍮
シース素材 パオロッサ・朴・銀

「酔月03」
全長 480mm
重量 810g

ブレイド長 300mm
刃渡り 280mm
再大厚 9mm

ブレイド鋼材 ダマスカス(ニッケル・ニッケル合金・ステンレス鋼・炭素鋼・低合金鋼 2185148層) #13080801B
エッジ鋼材 ダマスカス(炭素鋼・低合金鋼 9186層)#13041205V

ハンドル素材 レースウッド・綿・麻・樹脂・銀・銀合金
シース素材 紫檀・朴・銀
※画像をクリックすると大きいサイズでご覧いただけます。
「たたら製鉄」という言葉を御存じでしょうか?
粘土で作った炉を用い、炭と砂鉄から鋼の塊を得る古い製鉄法がそう呼ばれています。
昔、中国山地では「たたら製鉄」が盛んだったそうで、炉の痕跡が数多く残っています。
また、現在でも島根県の日刀保たたらでは、製鉄技術を後世に残すため、この製鉄法で鋼を作っています。
そういった地域の伝統からか、広島で過ごした学生時代には、製鉄の資料を目にしたり、実際に小規模な製鉄を体験する機会に多く恵まれました。
そして、その製鉄法で生まれた鋼の塊に対面する機会もありました。
その塊は、当時の僕が「鋼」という言葉でイメージする、均質で直線的なものとは対極の、ぼこぼこしたグロテスクな外見でした。
塊の断面はできそこないのパンといった趣で、大小の鋼の粒が歪な形に寄り集まり、白っぽい部分、黒っぽい部分、ザラメのような部分、クッキーのような部分、パイ生地のようになった部分……実に不揃いでした。
そしてたくさんの穴が口を開いていました。
おそらく気泡だったであろうその部分は、黄色~紫~青という酸化被膜のカラフルな色に発色し、一際目を惹きました。
一作目の「酔月」では、刃物のシルエットとダマスカス模様の中間に、作為的な質感を加えようと試みました。
そのために自分で彫刻することを思いたちましたが、僕の作品に草木や動物の文様は違う気がしました。
できれば鋼自身が見せる姿をもらいたかったのです。
しかし、はたして何をどう彫ればよいものか……
その時、モチーフとして思い浮かんだのがその塊でした。

「酔月」のブレイドには泡立ったような、溶けたような窪みをつけていますが、これは単純に溶かしただけではありません。
あの塊から着想を得て自分で彫ったものです。
柄の部分は大きく抉り、塊の断面に開いた穴をイメージして発色させました。
ここは後付けハンドルで隠れてしまいますが。

「酔月02」は一作目を見た方から、「同じような物を」とのリクエストを受け制作したものです。
前作の印象を残せるように、ハンドルの色と、鞘の材質、ブレイドの鋼材は「酔月」と同じです。
彫刻のコンセプトもそのまま引き継いでいます。

ブレイドはエッジ側が硬くなるように熱処理しています。
エッジ側と背中側で発色が違うのはその処理の影響です。

前作では共柄として作ったハンドルに後から別パーツを被せたため、強度や持ちやすさに課題が残りました。
「酔月02」と「酔月03」ではハンドル内部の彫りは控えめにし、輪郭も直線的なものに変更して強度の解決を図っています。
ハンドル自体の形状も改め持ちやすさを意識しました。
「酔月03」には、自分がやりたいことをもういくつか盛り込んでいます。
ブレイドのダマスカスにはニッケルやステンレス鋼を練りこみ、より見ごたえのある模様を目指しました。

混ぜ方、模様の出し方もちょっと挑戦しています。
普段よりすこしエグい肌を見せてくれたので満足です。

ブレイドが有彩色に見える画像もありますが、これはいい角度で光を当てたときに見ることができます。

普段はほぼ灰色~黒に見えることが多いです。また、保存用のオイルを塗ると発色は淡くなります。

また、画像で目立っている白っぽい模様もは、実物では鈍い金属光沢です。
光を反射した部分が白く見えています。

彫刻は同じような彫り方ですが、作為的なデザインにしています。
あの塊のイメージから離れて、好きな形にしてみました。

「酔月02」「酔月03」、どちらともハンドルと鞘の金具は、鋳造した銀です。
これもあの塊の表面をモチーフにしています。

ワックスで原形を作り、型を取って銀を鋳込んでいます。
熱でとろけたワックスの動きを、金具の形にまとめて、鞘とハンドルの上下に嵌めこみました。

ハンドルのパーツは木材に樹脂を含ませた布を巻きつけ、固めたものです。
そこにスリットや穴を彫刻し、彫り抜いて一部タングが見えるようにしています。
ブレイドはポイントからタングの先まで総ダマスカス。
全部隠れてしまうと、ちょっともったいないです。

鞘は木を磨いた部分と、焦がした部分の二種類の表情を使っています。
今作は鞘の構造にも手を加えました。

ブレイドの磨いた部分は、鞘の内側に触れて擦れると色が落ちてしまいます。
そこで前作「酔月01」ではブレイドの根元部分を厚くし、そこを鞘の口で挟んで固定する構造にしました。
しかし今回のブレイドはどちらも長く、重さもありましたので、これだけではしっかり止まりませんでした。

そこで日本刀の「鎺(はばき)」と呼ばれる金具を参考に、ヒルトの形を工夫しました。
画像の金色の部分がその金具です。
この金具が鞘の開口部にぴったり填まって刀身を支え、鞘内部に触れないように固定できます。

ヒルトに段を設けて、ブレイド側を一段薄く、細くしました。
この部分が鎺のように機能します。

この部分まで鞘に納まるように加工し、しっかり支えられるようになりました。

とはいえ、出し入れの最中に擦ると、やっぱり傷になります。
ブレイドの背中は色落ちが目立たない加工にしていますので、ここを滑らせながら慎重に納めるのが一番安全ですね。
慣れないうちはブレイド側面にラップを張り付けて練習していただくとキズが付きにくいです。

金具は見た目にもいい感じにかみ合ってくれました。
ダマスカスを最初に見たとき感じた「生き物感」。
より効果的に表現できる方法を探し、ダマスカスの色々な表情を得てきました。
そしてそれに合わせるため、他の素材でも実験を重ね、いくつかの面白い質感が見つかりました。
しかし、その質感を利用するには整形後に煮たり、焼いたり、溶かしたり、といった加工をする必要があります。
すると、擦り減ったり、脱落する部分があったりと、せっかく作った形が崩れてしまうのです。
それはそれで「出土品」といった雰囲気になり面白いのですが、目指している方向とのずれを感じました。
形が崩れると「生き物」ではなく、その残骸というべきイメージになるようです。
焼いただけの木材などは、生物の残骸そのものですしね……

「酔月02・03」の制作テーマの一つは、その点の改善でした。
これまでダマスカスをきっかけに色々な素材に表現のヒントをもらってきましたが、素材と技法に振り回されている部分がありました。
しかし、今回はそれらの工程を工夫し、自分で思い浮かべたナイフのシルエットにまとめることに成功しました。
この作品では、「出土品」とはまた違った表現が成立したと思います。
- テーマ:工芸
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